江青日誌

夢は野山を駆け巡る

3.11に寄せて


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あの日から10年
あっという間だった気もするし、もう、30年以上前のような気もする。
この間、私が何か、地元に貢献できたことがあるとすれば、釜石出身東京在住者として、東京で被災地に関心がある人達を、被災地ツアーを仕立て、ホテルがないときは我が家に泊め、地元の人たちとの飲み会を企画したことのように思う。そこから、ヤフーさんやグーグルさん、マイクロソフトさんから援助をして頂ける機会を得たり、東京の合唱団と、地元の合唱団との合同コンサートを行ったり。デブサミシビックテックのセッションを必ず企画したり、Hack For Japanのスタッフとしてバタバタ動いたりしてましたが、最近は、消費者としてなにかお金を落とす以外は全く動けていない。
 
思い出す風景がある。
阪神淡路大震災から3ヶ月後、仕事で神戸入りした。道路にはまだ亀裂がそのまま残り、お取引先は夜逃げしていた。その時から、神戸に行ったことがなかったが、2011年9月にデブサミ関西を神戸で実施するために13年ぶりに訪れた。私が見た13年前の被災地だった神戸ではなく、当たり前の普通の賑わいが街中に広がっていて、時間が解決してくれることもあるのだと勇気をもらえたことを昨日のことのように覚えている。
 
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東日本大震災から10年経て、時間が何かを解決してくれたのだろうか?
もちろん、地域にもよるし、ひとの心の回復はまだ千差万別だと感じる。まだまだ、深く傷ついている人たちが声を出せずに、苦しんでいるのを、昨年の夏ワーケーションしたときに見聞きしたからだ。また、過疎化が一層進んでいるように感じてもいる。
もう既に、被災地からものを買うこと以外、私にできることがあるか、わからなくなっているのだが、10年たったことをきっかけに、自分にできそうなことを再度考えてみよう。まずはそこからだ。
 
写真は2020年夏撮影。上から、
  • 大槌の城山公園から海と町内を撮ったもの
  • 釜石市のご遺体安置所→仮設住宅となった旧小佐野中学校
  • 釜石コスモス公園
  • 震災をきっかけに鎌倉から大槌に引っ越されて商売を始めた、どんりゅう亭のカレー
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